グノーシス主義~悪の臨在

 

グノーシス主義

 

  ~「悪」の臨在

 

 

 

 

 

 

この世に満ち溢れる悪の支配、汚濁にまみれた世の中は、いったいなぜに続いていくのか・・・かって、厭離穢土・欣求浄土をとなえた学僧がいた。それよりもずっと前に、この世が悪の汚辱にまみれてる理由を明らかにした宗教・世界観があった。

 

紀元1世紀から4世紀にかけて、地中海世界に勢力をもった、この思想は、イランや、メソポタミアにその起源を持つとも言われる。

 

グノーシスГνώισ(ギ)Gnosis(ラ)とは、知恵、知識を意味するギリシア語である。

 

知的直感によって、本来的な神と合一することを信条とする。グノーシス主義はこの世が悪の支配にゆだねられている理由を、この世を作った神が実は「偽の神」であって、それゆえに「悪の宇宙」、狂った世界が生まれた、と説明する。それはどういう意味かというと、もともと至高神(「真の神」)の作った世界はプレーローマ(充溢)した世界であったが、この至高神のアイオーン(神性)の一つであるソフィア(知恵)が、デミウルゴスDemiuruge(プラトンの「ティマイオス」に登場する造物主)あるいは、ヤルダバオートYaldabaothという狂った神を作った。ヤルダバオートは自分の出生を忘れ、自分こそ唯一の神だと錯覚している。このヤルダバオートの作った世界こそ悲惨に満ちた人間の生存している悪の宇宙である。従って、グノーシス主義はこの狂った宇宙に叛旗を翻す。(反宇宙主義)

 

 結局当時、善の神と信じられていた神(ユダヤ教におけるヤーヴェ)は実は低次の「偽の神」()であって、実際にはその元となっている「真の神」()が存在する。この世の物質・肉体は悪であり、イデア・霊こそ善なるものなのだ、と。以上を総括してこの考え方は、「反宇宙的二元論」と呼ばれている。

 

 ヤーヴェが偽の神ということであれば、旧約・新約につながる伝説も嘘だ、ということになる。たとえば「アダムとイヴ」の話はキリスト教では、蛇(悪)の誘惑に負けてイヴが知恵の木の実を食べ、エデンの東に追放され、この「原罪」をイエスが死で償って、人類は許されたことになっている。しかし、グノーシス主義ではそうは考えない。この蛇は真の神が遣わした使者であり、人類に真実を見極めるための知恵を与えたのだ、ということになる。したがって、アダムとイヴの追放は真実を覆い隠すための刑罰であって、「原罪」などではないのだ。それ故、イエスの贖罪も無意味なものとなる。

 

 また、旧約「ヨブ記」で、義人ヨブが散々苦労をなめさせられ、悲惨な目にあうのを、ヨブ自身が問いただすと、神は自分の過ちを指摘するヨブに怒り、恫喝を加えて黙らせる。真の神はこんなことはしない。

 

 こういう訳で契約と義の神ヤーヴェは「偽の神」と断じられ、それゆえに世界に悪と不幸が蔓延するということになる。それでは「真の神」とは?イエスが「父よ、父よ・・・」と呼びかけた愛の神こそ、それであろう、という指摘がある。また、至高のアイオーン「プロパテール」がそれであろうという説もある。

 

 こういう訳で、グノーシスでは、この真の神と合一することを目指す。肉に囚われた霊の破片(もともと至高の世界にあったもの)、「宇宙の孤児」は地上・星の世界を突き抜けて、真の神の元に帰って行く(「帰郷」)。

 

 以上の説明をわかりやすく表にまとめておく。

 

 

 

 

 

 

偽の神

真の神

 

出生

ヤルダバオート

(デミウルゴス)

原初の至高神

(至高のアイオーン=プロパテール)

<旧約>契約と義

  ヤーヴェ

<新約>愛

 イエスが父と呼んだ

(マルキオン)

構造

 

プレーローマ(充満界)

オグドアス(八組界)

 

 

説話

・アダムとイヴ

 

・原罪

 

・イエスの贖罪

・蛇はアダムとイヴに知恵を授けた(真実への開眼)

・人間は根拠無く悪の世界であるこの世に落下した。

・充満界への帰郷

 

 

 

 

 

 

 

 

前節で述べたことはグノーシス主義の原理・教義についてであった。その発生からこの思想がどういう運命をたどったのかをざっと見てみよう。

 

紀元1世紀から4世紀にかけて地中海世界に広がった宗教思想運動は、西方に伝播し、西方グノーシス主義となった(その代表はヴァレンティノス)。西方より少し遅れて、東方ペルシャ(現イラン)では、ゾロアスター教、ユダヤ・キリスト教の影響を受けながら発展していったマニ教が東方グノーシス主義の代表となった。教義的にはどちらも善悪二元論に立ち、悪の現世からの救済を目指している。

 

 

 

(a)東西のグノーシス主義

 

 

 

西方グノーシス主義では世俗生活と離れた禁欲的な生活、菜食を主に、肉食、生殖の禁止などの戒律を持ち活動したが、4世紀頃に消滅した。その後を受け継いだカタリ(アルビジョワ)派は11世紀初頭頃、盛んになったが、1209年フランス王が南部諸侯を撃破するためにアルビジョワ派を攻撃目標としたアルビジョワ十字軍を結成し、進撃したことにより、1229年フランス南部諸侯は降伏、1244年にはカタリ派の最後の砦モンテセギューが陥落し、14世紀に入るとカタリ派はその姿を消していった。

 

一方、東方グノーシス主義の代表であるマニ教は、肉体を悪とみなす現世否定の厳しい禁欲主義を戒律とした。(肉食・飲酒の禁止、情欲の禁止、動植物の殺傷の禁止、週2日の断食、大祭前1ヶ月の断食など)

 

マニ教は、西はメソポタミア、シリア、パレスチナ、小アジア半島、エジプト、北アフリカ、イベリア半島、イタリア半島にまで広がり、(初期のアウグスチヌスはマニ教徒であった。)東は中央アジア、インド、中国にまで広まり唐の則天武后は官寺、大雲寺まで建てた。

 

 

 

(b)中国におけるマニ教

 

 

 

この大きな伝播の終わりの地にあった中国でマニ教はどのような展開を見せたのか、少し詳しく見てみよう。(時系列風に列挙する)

 

 

 

694(唐) マニ教伝来。「摩尼教」「末尼教」と書かれた。また教義上「明教」「二宗教」

 

とも訳された。この頃、祆教(ゾロアスタ教・拝火教)、景教(ネストリウス派キ

 

リスト教)も入ってきており、マニ教を含めて、「三夷教」と呼ばれた。

 

*** 則天武后の時代、マニ教の官寺「大雲寺」建てられる。

 

768 大雲光明寺 建立。9世紀初頭までに大都市、洛陽、太原など首都にも建立

 

845 会昌の廃仏 三夷教禁止、マニ教僧多数殉死。弾圧後マニ教は「明教」と名前を

 

改め、呪術的傾向を強め、道教や仏教の一派として流布していった。(南宋)天台

 

僧、茅子元(ぼうしげん)が浄土教系の結社、白蓮教を創始して以降、明教はこれ

 

に接近し、浄土信仰、明王(マニ)崇拝、日月信仰、弥勒信仰などの多彩な混合宗

 

教として発展していった。

 

1351紅巾の乱(第一次白蓮教徒の乱)  宗教的には緩やかだった元の時代、明教(マ

 

ニ教)は復興した。元末に韓山童が宗教的農民反乱を指導した。目印に赤い布を巻

 

きつけたので「紅巾の乱」と呼ばれる。宗旨はマニ教と弥勒信仰の結合した白蓮教

 

であった。反満スローガンとして≪明王出世、弥勒下生≫「弥勒仏が人の姿を取って、

 

マニ教の光の王としてこの世に現れる。」だった。

 

1368 白蓮教の信者であった朱元璋(げんしょう)は、元を倒し「明」を建国(マニ

 

教の「明教」文字から国号とした。)この前後、白蓮教と縁を切り、逆に弾圧し始め

 

る。

 

 

 

(c)白蓮教の創始

 

 

 

白蓮教は南宋(1127~)時代に天台僧、茅子元(ぼうしげん)によって創設された浄土教系の結社であったが、明教(マニ教、日月教、浄土信仰、弥勒信仰などの混合した宗教)と習合して、次第に悪に汚れた現世救済の宗教として発展していった。茅子元は東晋時代、白蓮社を結成した廬山の慧遠の高風を慕い、白蓮社の「白い蓮」の連想のもとに「白蓮教」という名称を思いついたのであろう。以下に時系列的に白蓮教関係の事項を列挙する。

 

 

 

402(東晋)廬山の慧遠が念仏実践の請願を立て、白蓮社を結成。30年世俗と断絶し、

 

引きこもった東林寺の横の池には白い蓮が生えていたので、白蓮社の名前がある。

 

(慧遠の念仏は称名念仏ではなく、観想修法=見仏であった)

 

廬山虎渓の橋を決して渡って世俗に出ることはない、と宣言した慧遠はある時、友人陶淵明、陸修静を虎渓の橋まで送っていくといいながら、つい話しに夢中になり、その橋を渡ってしまって、三人大笑いとなったという逸話がある。(「虎渓三笑」これを題材とした屏風絵なども多い)また、反権力への強い意志を表明した「沙門不敬王者論」の論文がある。東晋の簒奪者、桓玄が服従を求めて沙門に拝礼を強要したのに対して、俗世の外の涅槃を求めて修行する沙門には、世俗の礼法に束縛される義務は無い、と突っぱねた。

 

515(北魏)大乗の乱。法慶は、自分を「新仏」と称して乱を起こす。

 

521 傅大士、24歳のとき啓示を受け、自らを弥勒と称し弥勒教を創設

 

690 則天武后、「唐」に対して「武周」という新王朝を作り、その皇帝となり、

 

自らは弥勒の下生した仏だと称した。

 

694 マニ教布教を許される。(安史の乱以降、唐を支援したウィグル族はウィグ

 

ル帝国を建設し、マニ教を国教とした)

 

841 会昌の法難 道教以外の宗教は迫害・排斥された。マニ教は「明教」と名前

 

を改め、仏教・道教に近づき民間秘密宗教となっていく(光明を崇拝。日月をあが

 

め、明王〔弥勒〕の出世で世界を救済する)。

 

1127~(南宋)天台僧、茅子元(ぼうしげん)が慧遠の白蓮社の遺風を慕い、浄土系

 

結社としての白蓮教を創始。それに明教が習合し、浄土崇拝、日月信仰、弥勒信仰、

 

明王(マニ)崇拝を中心とする宗教として発展していった。菜食主義、半僧半俗で

 

妻帯幹部が、男女を分けない集会を開いたりしたので、反感をもたれ、排斥される。

 

東林寺の晋度(ふど)が白蓮教を布教。その後弾圧され、次第に白蓮教の弥勒信仰

 

世直しの革命思想に変化していく。

 

1351(元)紅巾の乱 韓山童は「明王出世、弥勒下生」(弥勒仏が人の姿をとって、マ

 

ニ教の光の王としてこの世に現れた)をスローガンに乱を起こす。

 

1366 最初、白蓮教の信者であった朱元璋は、明建国後は逆に白蓮教を弾圧し、儒教

 

を政治の基本にすえた。

 

1796 白蓮教徒の乱 1775年、白蓮教主劉松が清朝の滅亡を予言、劉松は流刑にさ

 

れ、教団は大弾圧を受けた。しかし教徒たちは各地で反乱を起こし、「弥勒下生」

 

を唱え、死ねば来世で幸福が訪れると勇敢に戦った。乱は鎮圧されたが、一部は

 

義和団として残った。

 

1898~1990 義和団の乱(北清事変) 列強による中国分割、キリスト教の布教な

 

どに対して、山東省では白蓮教系秘密結社、義和拳教徒が勢力を伸ばし、農民を結

 

集して「扶清滅洋」のスローガンのもと排外主義的運動を展開した。清朝もこれを

 

利用したが、イギリス、ロシア、ドイツ、日本などの8カ国連合軍の前に敗北した。

 

 

 

 

 

 

弥勒教における救いには2種類ある。一つは「弥勒上生」、今一つは「弥勒下生(げしょう)」弥勒上生は現世から兜率天に生まれ変わることである。これはどちらかといえば、個人的な修行によるものだから、社会的に大きな影響は与えない。もう一つの弥勒下生は56億7千万年後、苦しみの多い時代に弥勒が悪を懲らしめ、救いに漏れた一般衆生を救うためにこの世にやってくるというものである。

 

 

 

 その時、世尊は、阿難に告げて言った。

 

 将来、果てしなく遠い未来に、この世界に翅頭という城郭がある。東西12由旬、南北7由旬である。土地は豊熟で、人民は熾盛で、街は巷に行って成っている。その時、城の中に、水光という名の龍王がいる。夜、香沢の雨をふらせる。昼は清和である。その時、翅頭城の中に、葉華という名の羅刹鬼がいる。仏法に従って行き、正しい教えと同じである。いつも人民が寝た後に、穢れ、悪、不浄な者を除去する。常に香汁でその地を麗している。香浄である。

 

   (  「仏説弥勒下生経」現代語訳  )

 

 翅頭(翅頭末、鶏頭末ゲートマティ 王舎城近辺の未来名)という巨大な葉頭型の城郭では、土地は豊熟で、人民は熾盛で、街は巷に行って成っている。水光という名の龍王がいて、羅刹鬼葉華は、いつも人民が寝た後に、穢れ、悪、不浄な者を除去する。清らかで香りに包まれた美しい理想郷だ。

 

 

 

 阿難は知っている。

 

 その時、閻浮提(えんぶだい)の地で、東西南北1000万由旬の山河石壁は皆、自然に消滅する。四大海の水はそれぞれ1万に減る。閻浮提の地は、鏡が清明なように、平整になる。閻浮提の地の内に、穀食豊賤になる。人民は熾盛で、珍しい宝が多い。それぞれの村落は互いに近くなる。鶏は互いに近くで鳴く。その時、弊華果樹は枯渇して穢れ、悪は自ら消滅する。

 

(閻浮提=現世の悪は自ら消滅する。)

 

 

 

 その餘、甘美、果樹、香気、特殊なものを好む者は皆、于地に生まれる。人身の中に108の患いがある。貪瞋痴である。()閻浮提の人民は皆、同じ方に向かう。()閻浮提に自然と米ができ、患苦がなくなる。金銀珍宝があらわれる。()人々は言う。昔の人はこれがゆえに争った。それで地獄にいて無数の苦悩を受けた。()蠰佉という法王が現れた。正しい仏の教えで治めて七宝を成就する。七宝は、輪法、象法、馬法、珠法、玉女法、典兵法、守蔵の法である。この閻浮提に、これらが鎮座している。刀と杖を使わずに、自然に魔は降伏する。第二を梯羅国と称す。珍しい宝が多い。第三は須賴吨大国である。第四は波羅㮈蠰佉である。この4大蔵から出現する大王は、ただ、この宝で貧窮する者を恵む事を願う。()王に修梵摩という大臣がいる。王は大臣を少し敬愛している。

 

(  同  )

 

金銀珍宝はありあまるほど有り、刀と杖を使わずに、自然に魔は降伏する。弥勒の世では人々は寿命も永く、病気もない。こういったユートピアが待ち望まれている。

 

 

 

グノーシス主義的に言えば、この弥勒は光の神であり、メシアであり、偽の神の支配する悪逆に満ちたこの世を救済するためにやってくる。偽の神(闇)の作った物質的・肉体的世界には悪が臨在することは必須であり、真の神(光)がその悪を破壊し、善の世界を造らねばならない。この構想は、瞑想と思索で光の世界に没入することや、修行によって兜率天に生まれ変わるという個人的な出来事ではなく、悪との戦い=体制との抗争、内乱になることは必至である。白蓮教という宗教結社に集まって、抵抗した中国の農民たちを突き動かしたのは、悲惨な境遇を強いる圧制からの解放、悪の一掃という課題であったろう。弥勒浄土をこの世に実現しようということは、地域・国家を巻き込んだ大抗争を生むことになる。弾圧・虐殺される民衆達と、やがて崩壊していく帝国という図式が避けられなくなって、理想郷の実現という政治課題は至福千年の浄福を直ちにもたらしたりはしなかった。しかし、宗教的楽園が夢として描かれる限り、必ずそれは政治課題として登場してきて、結末をつけねばならないことになる。宗教的課題は政治的課題と蜜月を過ごすこともあるが、多くは鋭い対立の構図を経験せざるを得ないのだ。

 

過去においても、そして今後も厳しい宗教と民族の対立、国家と宗教権力、帝国と帝国との衝突は避けられないと予測するが、そのとき思い浮かぶのは、善と悪との非和解的な二元論的対立のことだ。世界史はいつだって、類似の破滅と勝利を繰り返し、しだいに全(世界)崩壊に近づいていく。まさしく宇宙論的二元論の炸裂と一元的崩壊だ。こういうペシミズムに犯されねばならないほど人間の闘争本能と欲望の病気は、とめどない累積となって永遠の暗黒に吸収されるまで続いていくことだろう。宇宙の根源を科学的英知が突き詰めたとて、これでは何にもならないのではなかろうか?

 

 

 

2016.2.14

 

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コメント: 2
  • #1

    アレン (月曜日, 23 5月 2016 21:11)

    グノーシス主義とういことは、こういうことだったのですか!
    偽の神が作った世界を私たちが生きていると言う考え方は、刺激的ですね。
    SFマンガにも、「プロパテール」という用語が出てくるものが有りました。

  • #2

    管理者 (水曜日, 25 5月 2016 07:54)

    ひょっとすると、グノーシス主義は腐敗と絶望が支配する現代を救うきっかけになるのかもしれません